例によって目が覚めた夜明けの晩

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2015年 02月 18日

読書

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ワラン・ヒヤ/石田甚太郎

先日読んだ「殺した殺された」は本作の続編であり、こちらが先になるのだが「殺した殺された」を読むまで知らなかったので後になったがこちらも。著者は1年間フィリピンに滞在し、ゲリラ討伐のための虐殺を体験した戦争被害者へ次々と会いに行き証言を集めていく。「ワラン・ヒヤ」とはタガログ語で「恥知らず」、フィリピンで最も相手を軽蔑し罵倒する意味の言葉だとのこと。ルソン島を中心に大規模なゲリラ討伐が実施されるようになったのは戦争末期だが、ゲリラ討伐自体は日本軍占領当初から行われていたことがわかる。アメリカ極東軍が降伏しそこに参加していたフィリピン人将兵がゲリラ化したり、フィリピン共産党配下のフクバラハップが1942年に結成されゲリラ活動を開始、一般住民も徐々に日本軍の横暴に耐えかねてゲリラに協力的になってゆき、1945年に入ると日本軍は実質的にフィリピン人の全住民を敵に回していたとも言われている。本書では各地の戦争被害者へ次から次へとインタビューしてゆくのだが、証言者の証言内容は往々にして類似したもので、日本軍はゲリラ容疑のあるものを凄惨な拷問にかけ殺してゆき、大抵の人が家族を複数殺されている。本編通して全て人が殺されていく話しなので読み進めると段々気が滅入ってくる・・・。レイテ沖海戦に破れ完全に制海権を失った日本軍は武器や弾薬などの物資の補給もままならない中でゲリラとの戦いで疲弊してゆくのだが、それにしてもこのゲリラ討伐は幾らなんでも狂気だ。ゲリラを殺すのは戦争だから仕方ない、でもなぜ子供や赤ん坊まで殺したんだ、と問う住民。殺す方も最早一体なんのためか、わかっていなかったのではないだろうか。ルソン島で終戦を迎えマニラで捕虜となった作家の山本七平はその著作の中で、終戦直後の日本軍に対するフィリピン人から、殺されそうなほどの異常な殺気を感じている記述があるが、本当に殺されなかっただけマシと言わざるを得ない(実際はアメリカ軍が復讐を禁じていたため、どんなに憎くても手出しができなかった)。以前にNHKでやっていたルソン島のドキュメンタリーで、ゲリラ討伐に関わった部隊の元日本兵が「地獄の話を生きているうちにしてはいけない」と言い、絶対に答えられない事があると証言していた。日本軍は主に銃剣でフィリピン人を突き殺していくのだが、銃や爆弾と違い直に殺す感触が伝わる銃剣や「サムライ」での斬首を次から次へと行う日本兵の顔は、現地人から見たらさぞかし悪鬼の如しだったと思う。あるフィリピン人は戦後何十年も立ってから日本の平和団体の招きにより日本国内で戦争被害の講演を行う。その時に、当時の日本兵がフィリピンでの加害行為について講演を行っていた。過去の過ちと惨劇を繰り返さないための平和的な講演会だが、それを聞いたフィリピン人は怒りの余り控え室で号泣してしまう。いま、多くの日本人がフィリピンでの出来事についてほとんど知らない事を、当事者たちはどう思うだろう。ましてやこの蛮行を、意図的に無かった事にしようとする者がもしいるなら、それこそ「恥知らず」だ。
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by yoakenoban_2 | 2015-02-18 01:09


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