例によって目が覚めた夜明けの晩

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2015年 03月 11日

読書

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戦時下日本のドイツ人たち / 上田浩二、新井訓

箱根温泉宿のドイツ人の話を読んで少し興味が湧いたのでこちらも読んでみる。戦時下の日本で過ごしたドイツ人たちへの聞き取りを基に、彼らの生活やそれを取り巻く当時の状況について纏め上げた著書。調査を行ったドイツ人は24人で貿易商、教師などの仕事や、外交官として公務で来日した者、留学で来た者や日本で生まれた者、戦争の勃発により帰国できず日本に残る事になってしまった者など理由は様々で、数年日本で過ごしただけの人や終戦後もずっと日本に残っている人など滞在年数も様々である。本書によると戦争中は少なくとも3000人のドイツ人が日本に滞在しており、都市部以外にも田舎の農村部にも居住していたことがわかる(田舎に住んでいたのは主に高校教師や宣教師であったようだ)。また、この中には「蘭印夫人」と呼ばれる、オランダ領インド(現インドネシア)に居住していたが、ナチスドイツのオランダ侵攻により”敵国人”として収容所に入れられ、後に難民として日本に来ることになった数百人の婦女子も含まれている。さて、ドイツは日本の同盟国であるが「鬼畜米英」同様の白人が主、果たして戦時下のその生活はどのようなものであったか?と思うがまぁ意外にすんなり受け入れられて普通に日常生活を送っていたようだ。そりゃそうよね〜。ヒトラー・ユーゲントも靖国参拝してるしね〜。さらに、この当時日本に来るようなドイツ人は元々ある程度裕福だったり知識層だったりする人が多く、加えて戦争中は同盟国の国民ということでドイツ人用の配給があり、食糧面などは優遇されており、皆それほど生活に困っていなかったように見受けられる。少なくとも本書には生活に困窮していたドイツ人は出てこない。他には、軽井沢は太平洋戦争勃発前から外国人が集う人気の避暑地であり、空襲が本格化してくると軽井沢や箱根がドイツ人の疎開先に選ばれるようになった事が書かれている。もうひとつ、日本にはユダヤ人やナチスを毛嫌いする人々もドイツを半ば脱出する心持ちで渡ってきていた。ゲシュタポのヨーゼフ・マイジンガーは日本へ赴任すると特高や憲兵と連携し反乱分子やスパイの逮捕に血道を上げることになる。マイジンガーはワルシャワの大量虐殺などに関わった人物で日本に赴任時点で既に連合国の戦犯リストに名指しされていた。しかしナチスドイツは本当にこういう絵に描いたような悪者がたくさんいるよな、、。有名なスパイであるリヒャルト・ゾルゲの逮捕に関わったとも言われているが、ユダヤ人などの取り締まりに関しては、日本は往々にしてナチスの人種政策に関心はなくユダヤ人も同じ「ドイツ人」として扱っており、また他国の人間に治安などに関し干渉されることを嫌い、マイジンガーに直接の逮捕権などもなく、あまり成果は上がらなかったようだ。それでも戦争後半になると捕らえたドイツ人を空襲下の東京の建物内に拘留し、手を汚さずアメリカの空襲により処分しようなどと企てたりしている。マイジンガーは終戦時に日本国内で戦犯として逮捕され、後死刑判決。刑は判決後、すぐに執行される事になる。終戦に関しては、ドイツ人コミュニティで独自に流通する情報や外国の短波放送などを基に、ドイツ人たちは祖国ドイツの敗北や日本の敗北もある程度予想していたようだ。この辺は玉音放送のその時まで日本の勝利を信じて疑わなかった日本人とは異なる。本書は各インタビューは要所要所の抜粋のみで全体として量もそれほど多くなく、そこに当時の状況をアレコレ記述するスタイルで少し物足りなく感じてしまうが、本来のドイツ語版はもっと完全な形のものらしい。しかしそのまま翻訳したものでは研究書のようになり日本で多くの人に手に取ってもらうのには適さないため、新書として改めて書き下ろしたとのこと。
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by yoakenoban_2 | 2015-03-11 01:35


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