例によって目が覚めた夜明けの晩

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2008年 03月 20日

ハードコアとは何か?Vol.2

前号で俺は、パンク/ハードコア・シーンの怒りとエナジーはどこへ行っちまったのか?と問いかけたが、今回俺はこう言いたい。”ストレイト・エッジには一体何が起こっちまったのか?”。

ストレイト・エッジは79年から80年頃に始まった。自らストレイト・エッジを名乗り、退廃的なパンク・シーンに警鐘を鳴らし、節制された生活を送るべしというラディカルなアイディアを持ち込んだ最初のバンドは、恐らくTEEN IDLESだろう。彼らは”ハードコア”という新たなブランド・ネームを開発して”最先端”をいくポーザー・セルアウト・バンドとは一線を画すために、この新たなアイディアを持ち込んだのだ。

ハードコアとはパンクスの中でも最も強固(ハード)な核(コア)のことを指す。カッコだけのポーザー野郎でもオシャレなファッション・パンクスでもなく、ロウ・ルーツ・ロックンロールに全身を浸し、”シーン”に全霊を傾けた奴らのことを指すのだ。パワー溢れる新しいサウンドと、既存の価値観とは一線を画したラディカルなライフ・スタイル。それを基礎にアンダーグラウンドで築き上げられたものは、1980年当時のアメリカのメイン・ストリームとは遥か数光年の隔たりがあった。

あの時代、ストレイト・エッジは確かにパンクだった。速い、スリー・コード・スラッシュ/パンク・サウンドは、まさに80'sハードコアの基本だ。ストレイト・エッジは自分自身のために考えるということだった。ストレイトでいるということは、この社会とその悪弊から離れ、物事をしっかりと見据えて自分自身の手で選択できるということだ。ストレイト・エッジは、”右へ倣え”ではなく”反抗”なのだ。社会はキッズが覚醒することを望まない。ドラッグとアルコールは思考を曇らせ、懐疑心を失わせる。反抗心を考えたり行動を起こす方向ではなく、浅はかな自己破滅へと向かわせる。この頃のストレイト・エッジ・バンドのサウンドには怒りと信念が満ちていた。MINOR THREAT、S.O.A、TEEN IDLES、SS DECONROL、GOVERNMENT ISSUE、7 SECONDS、STALAG 13、ABUSED、DYS、FAITHなど初期のシーンは最高のハードコアを生み出した。

ヨーロッパでこのムーブメントに呼応する形でLARMやSKEEZICKSが生まれた頃には、ストレイトエッジが衰退するかに見えたが、すぐにJUSTICE LEAGUEやYOUTH OF TODAYがその後を継いだ。そしてストレイトエッジは再び爆発する。88年の夏がその絶頂期だ。80年代の後半には、あらゆる大都市の郊外でSEHCバンドが一斉に産声を上げ始めた。Dischord recordsがハードコアに背を向けたのに代わり、Revelation Recordsが新しいユース・クルーの最前線に立った。

だがこの動きは、80年代初頭のストレイト・エッジ・シーンとはかなり違った。新世代のキッズはルーツであるパンクとの関わりを明らかに失っていた。メインストリーム社会における最悪の右へ倣え主義とマッチョ・アティテュードがアンダー・グラウンド・シーンにも取り込まれ、"Jock Core"(体育会系ハードコア)が生まれた。メタルの奴らと、メジャー・レーベルの奴らは、この頃ハードコアを勝手にミックス・アップして"クロス・オーヴァー"としてデッチ上げた。確かにこの時代にも示唆に富んだレコードが生み出されたが、DIYパンク・アティテュードからは大きく懸け離れた様々な風潮がシーンを軟弱化させてしまったのも事実だ。まわりに流されず自分自身で考えるというアイディアは、すっかり脇に押しやられてしまった。"ニュースクール"は右へ倣え的な体育会系ドレス・コードを基本に、色々なルールを作り出すことに固執しているように見える(ストレイト・エッジとはそういうものではないのは知っての通りだが)。意思の弱い奴らはカリスマ性のあるシンガーの言葉なら何でも盲信し、自分の存在を印象づけたい奴らはモッシュ・ピットをマッチョ・バトル・ゾーンに変えてしまう。商業的な成功を夢見る奴らはメタルとメイン・ストリームに慰めを見出す。パンク・スピリットは失われてしまったのだ。

最初にハードコアを聴き始めた頃は、俺はストレイト・エッジ小僧だった。あの頃、スパイキー・ヘアや鋲ジャンはXマークと敵対するものではなかった。だが86年頃に俺は酒もクスリもやるようになって、どんどんハマっていった。売人もやった。安いビールをガンガン飲んだ。1年半ぐらいはそんな調子でやってた。スピードやヘロインに手を出した友達も大勢いた。対照的に、Tribal War RecordsのNeilやEbullition RecordsのKentの様に自分の心血をシーンのために注いでいる奴も大勢いた。ある日考えた。ぼんやり突っ立って、誰かがショウをブッキングしてくれたり、レコードを出してくれるのを待つのはうんざりだ。多分俺にも上手くやれる。目が覚めると拳が血だらけだったとか、知らない女が隣で酔いつぶれてたとか、何もかもうんざりだった。酒をやめた。俺はドランク・パンクとして名を馳せていたから、最初友達に色々言われた。頭に来て、手にXマークを書いてまたスケートボードをやり始めた。埃だらけのFAITHのレコードを引っ張り出し、俺はノン・ドリンカーでストレイト・エッジであること、そしてそれを誇りに思ってることを宣言した。

俺はいつでもストレイト・エッジに対してオープンだ。だが現在のシーンを見ると、今のキッズは果たしてFAITHやMINOR THREATを聴いたことがあるのか、首を傾げたくなる。少数の例外を除くと現在のSEバンドは、80年代初頭、あるいは後半の凡庸なSEバンドの水準にすら達していない。サウンドはスロウ・ダウンして完全にメタル。キッズはレイヴァーみたいな格好をして、政治的な姿勢は殆ど見られない。動物の権利に目が行くようになったのはいいことだが、それが行き過ぎて極端なプロ・チョイス・アティテュードやミリタント・ヴィガンを標榜する奴もいる。最悪なのはハレ・クリシュナだ。みんなもう一度MINOR THREATの"Filler"を聴いてみろ。誤解して欲しくないが、CHOKEHOLD、GROUNDWORK、REFUSEED、UNBROKEN、そして地元ミネアポリスのDISEMBODIEDなど、最近のSEバンドにも好きなバンドは沢山いる。だがあのスピリットはどこかへ行ってしまった。怒り、信念、パワー。ルーツであるパンクからどんどん遠ざかっている。今ムーブメントに必要なのはジャンプ・スタート、ケツをぶっ飛ばすようなパワー、戦う相手だ。パンクとストレイト・エッジが再び共闘できればいいと思う。だが悲しいかな、今の両者にはあまりに距離がある。

DOLL誌1996年5月号に掲載された「ハードコアとは何か?VOL.2」より転載。(HeartAttaCk' zine #8に掲載されたコラムの和訳。原題はThe End Of Civilization As We Know It.著者はバンドDESTROY!、CODE13、DAMAGE DEPOSITなどでシンガーを勤めたFelix Von Havoc。)


Havocコラム転載2回目です。今回はSxEのお話でした。この記事が書かれた96年はちょうどEARTH CRISISに代表される「ニュースクール・ハードコア」が流行りだして、それまで一般にはあまり知られていなかったストレイト・エッジという言葉が日本でも浸透し出した時期でしたね。それ故、メタリックでスロウなニュースクール・バンドのことをストレイト・エッジ系と呼んだりなど、誤った認識が流布されていた時期でもありましたな。たしかミッ〇・SxEが、ファッションで手にXマークを書いてタバコ吸ってるような奴を批判していましたが、実際にそこまでの奴が当時の東京には本当にいたんでしょうか?謎ですが・・・。

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by yoakenoban_2 | 2008-03-20 19:15 | Havoc


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