例によって目が覚めた夜明けの晩

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2015年 02月 12日 ( 1 )


2015年 02月 12日

読書

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ソ連が満洲に侵攻した夏 / 半藤一利

1945年8月9日、長崎に二発目の原爆が落とされた事であまりに有名なこの日、太平洋戦争でもうひとつの重大な局面、ソ連の対日参戦が行われた。本書は、ソ連の参戦を満州への侵攻に焦点を当て解説した本。毎年夏になると原爆や終戦が話題になるのは常だが、どういうわけかソ連の対日参戦が話題になることは極めて少ない。一連の歴史の流れを具体的に掴むために手に取った本書を読んで感じた事は、日本の時流を見極めるための国際感覚の圧倒的な欠如と、犯罪集団に等しいとさえ思えてしまうソ連軍/スターリンの非道さだ。ヤルタ会談で対日参戦の決意を表明した独裁者スターリンは、戦況の悪化した南方戦線に兵力を引き抜かれていく関東軍の戦力が圧倒的に弱まり、しかし戦勝の果実にありつけるタイミングを狡猾に逃さず、満州侵攻の準備を着々と進めて来た。しかし日本はそんなソ連の野望も知らず、はたまた心のどこかで思ってはいたが、最悪の事態はこんなに早く起こる筈はないと言い聞かせ、当のソ連に対して戦争終結の仲介までをも依頼する。ハルノートで中国利権の放棄を迫られ対米戦を決意した筈の日本は、戦況の悪化によりソ連の仲介条件の中では中国利権放棄も自ら取り上げている。そんな空疎な努力の甲斐も無く、ソ連は圧倒的な兵力を持って満州に侵攻。「永久要塞」と謳われた満州防衛の要、虎頭要塞は8月15日の玉音放送後も絶望的な戦闘を続け二週間後に陥落。満州全土へ侵攻したソ連軍や日本の敗戦により匪賊となった現地満州人などによって日本人居留民は蹂躙され、満州の日本の財物は「戦利品」としてソ連へ撤収、50万人を超える日本人が労働力としてシベリアへ抑留されていく。とりわけ辺境の居留民たちが遭遇した苦難は悲惨だ。それにしても軍隊による一般市民への暴行や略奪というものは戦争には常に付きまとうが、例えばその手の話には事欠かない旧日本軍でも、本来そういった行為は憲兵により取り締まられる違法行為であり、勿論大本営が容認しているわけもないが、ソ連兵によるそれは兵士への「報酬」としてスターリンも容認していたという話は、本当に腹立たしい限りだ(勿論本来はソ連でも違法なのだろうが・・・)。そしてソ連軍も非道だが、その創設以来、戦争の負け方を知らないままに来た日本軍がこの悲劇をいっそう大きなものにしている。都市部からの一般市民の退避はままならず政府/軍人の家族が優先的に避難し、辺境の居留民についてはソ連の侵攻すら彼らに満足に知らせる術を持たなかった。武装解除により無力となった関東軍は、これら居留民の保護に対し有効な力を持つことは出来なかった。満州国は確かに日本の野心が他国の領土を侵略し作り上げた傀儡国家だが、この地に骨を埋める覚悟で日本から渡り、現地人と一緒に汗と泥にまみれ働き続けて来た開拓団の人間がその代償を払う事になるのは、何から何まで悲しい話だと思う。大日本帝国の黄昏は、こうして悲劇の中に暮れていった。それぞれ各地の日本軍を武装解除するために、朝鮮やベトナムに駐留した米ソの軍隊は、この後さらなる火種を呼ぶことになる。
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by yoakenoban_2 | 2015-02-12 09:31