カテゴリ:ドイツ旅行( 10 )


2015年 08月 24日

ドイツ旅行10 ベルリン~ テロのトポグラフィー

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ナチス時代に建てられた旧帝国航空省の建物。観光場所として賑わっているチェックポイント・チャーリーやポツダム広場の近くにあります。この建物の目の前向かい側は、かつてナチス・ドイツの秘密警察「ゲシュタポ」の本部だったそうです。更にこの近辺にはゲシュタポを擁するナチスの治安機構「帝国保安本部」もあったそうです。かつての恐怖政治の中心部です。



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ここはベルリンの壁も結構長い距離残っています。かつてゲシュタポ本部だったこの場所には現在ナチスの歴史と犯罪を記した記録センター、「テロのトポグラフィー」が建てられています。


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ゲシュタポの地下牢だった場所は屋外展示場となっています。


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このような展示が続きます。


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建物の中もたくさんのパネルが続きます。ヒトラーにゲーリング、ヒムラー、ルドルフ・ヘス、ゲッベルスなど錚々たる面子です。


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暗黒の時代です。


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ミュンヘンの「褐色館」で行われた親衛隊高官会議の記念写真のようです。怖すぎます。


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親衛隊組織図。


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ナチス政権によって逮捕された人々。


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AGNOSTIC FRONTのジャケにもなっている写真。殺人部隊「アインザッツグルッペン」に銃殺される直前の犠牲者。


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銃殺される人々。


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ナチス親衛隊は占領地域でパルチザンを見せしめのために街路樹や建物に吊るしました。しかし犠牲者が本当にパルチザンなのかそれとも一般住民なのかは、さして考慮されませんでした。


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TIME誌の表紙を飾るハインリッヒ・ヒムラーとラインハルト・ハイドリヒ。この未曾有の大虐殺の首謀者です。


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近くの駅に広告を出すほど気合が入ってました。
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by yoakenoban_2 | 2015-08-24 14:50 | ドイツ旅行
2015年 08月 13日

ドイツ旅行9 ベルリン~ ベンドラーブロック/ドイツ抵抗運動記念館

前日の夜にミュンヘンを出発し、30日の朝8時にベルリン着です。寝台車は狭くても足を伸ばして眠れるので特に疲れることはありませんでしたね。ただ日本人の平均的な身長の自分でギリギリくらいだったので、背の高いヨーロッパの人にはちょっと窮屈な気もしますが・・・。

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朝になると車掌が朝食を持ってきてくれました。 パンにマーガリンやレバーペーストがついています。レバーペーストはホテルの朝食でもよく出るんですが、日本人にとってはそのまま食べるとちょっとキツイです。固いパンにつけながら食べるとちょうどいい感じ。ベルリンが近づいてくると建物への落書きが目立ってきます。

そんな感じでベルリン中央駅着。ホテルは中央駅からはちょっと離れた場所なので、駅のコインロッカーに荷物を放り込んで観光に出かけます。事前に見に行きたいところをピックアップして周るルートを考えていたので、まぁ概ね、行きたいところにはいけた感じがしますね・・・。動物園駅から観光バスの100番と200番を使って、あとはまぁほぼ歩きでした。でもこういう風に色々周るのは体力があるうちしかできないね・・・。


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動物園駅から出ている200番バスを途中で降りてやってきました。ベンドラーブロックと呼ばれる区画です。1944年7月20日、ドイツ国防軍のクラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐を中心としたグループがヒトラーを爆殺しクーデーター計画「ワルキューレ作戦」を発動、ナチス政権打倒を企てます。しかしヒトラー暗殺は失敗、クーデターもその日のうちに鎮圧され、同日深夜、この中庭でシュタウフェンベルク大佐ら5人が銃殺されました。


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現在のドイツではシュタウフェンベルク大佐らは英雄とされています。銃殺された5人の名前が刻まれたプレート。


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銅像が建てられています。


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かつてシュタウフェンベルク大佐らが勤務しており「ワルキューレ作戦」の舞台となったこの場所は、現在ドイツ抵抗運動記念館となっておりナチス政権に抗した人々についての展示がされています。


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ひとつひとつ詳しく訳している時間はないのですが、かなりの人々に対しての展示があります。


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友人、家族とシュタウフェンベルク大佐。このクーデターは映画「ワルキューレ」で描かれており、シュタウフェンベルク大佐役をトム・クルーズが演じているのですが、トム・クルーズにも負けない色男です。


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赤いオーケストラ。彼らも多くが処刑されました。


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もちろん白バラも展示されています。


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日本語の情報が全く無いので詳細がわかりませんが、ユダヤ人たちをサポートしていたグループのようです。


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ところで気になったのがこれ。ただの床の模様ですが、ナチスの鉤十字に見えます。この建物はナチス時代にも使われていたので、やはり鉤十字をあしらった模様をつけたのでしょうか?ドイツでは鉤十字は法律で禁止されていますが、ナチス時代のこういった鉤十字をモチーフとした模様はまだ残されている場合があったりします。この床が本当にその類なのかはわかりませんが・・・。


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表の通りは「シュタウフェンベルク通り」と名づけられていました。
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by yoakenoban_2 | 2015-08-13 01:12 | ドイツ旅行
2015年 08月 11日

ドイツ旅行8 ミュンヘンまとめ~シティナイトライン

ミュンヘンの行程は概ね以下のような感じでした。

07/27 到着~ホーフブロイハウス
07/28 市内中心部観光~ミュンヘン大学~国家社会主義資料センター~英国庭園
07/29 ダッハウ強制収容所~ニンフェンブルグ城~オクトーバーフェスト博物館~ペルラッハ・フォルスト墓地

29日の夜にシティナイトラインという、ヨーロッパを駆け巡る寝台列車でベルリンへ向かいました。ミュンヘンはいわゆる日本人が期待するようなヨーロッパの町並みといった風情で、その辺を歩いているだけでも結構楽しかったです。ベルリンではあまりアジア人を見かけませんでしたが、ミュンヘンは中国人を筆頭に観光で来ているアジア人も多かったですね。日本から直通便もあるということで、ミュンヘンが日本人に人気なのも頷けます。あまり城に興味が無いので行きませんでしたが、ミュンヘン近郊にはシンデレラ城のモチーフになったという有名なお城があり、そこが一番の観光スポットだそうです。

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ミュンヘンの町並み。

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レジデンツという宝物殿。豪華です。


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ミュンヘン戦争記念碑。どのガイドブックにも全く載ってなかったので詳細不明ですが、おそらく第一次世界大戦の時の記念碑だと思います。


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英国庭園という代々木公園を数倍大きくしたような公園にある中国塔。この下がビアガーデンになっています。

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英国庭園では川でサーフィンしている人がいました(ミュンヘンは海がない)。


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ニンフェンブルク城。豪華ですが、お城系はみんなこんな感じなんだろうな笑。


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オクトーバーフェスト博物館。博物館というか、飲み屋の上にあって民家みたいな場所で狭いです。まぁまぁ面白かったです。


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そして22時15分発のシティナイトラインでベルリンへ向かいます。ミュンヘン中央駅に長距離列車の発着場があり、そこで掲示板を見れば乗り場所はすぐにわかります。普通の寝台と簡易寝台があり、普通の寝台の方はシャワーとトイレがついてます。しかし部屋はかなり狭く、とても快適とは言い難い(まぁ平気ですが)。ベルリンまでの移動費込みとはいえ、この切符はなかなか高かったのにこの部屋か・・・。列車が新しいタイプのシティナイトラインはもっと快適みたいですが(どう見ても古い列車でした)。しかし、この部屋どうも本来は3人用らしく(部屋番号もドアに3つ書いてあった)、それを2人用として取ったので、もしかして3人分の値段が込みなのか?とも思いました。もちろん日本の旅行代理店に取ってもらったので手数料も上乗せされていると思います。ちなみに簡易寝台のほうは6人部屋でシャワー、トイレなしです。つまり普通寝台のシャワーとトイレのスペースが3段ベッドとして使われているわけなんですね・・・。窓から簡易寝台の部屋がちょっと見えましたが、マジでベッドが詰まってるだけでした。しかも6人部屋ということで基本は他人と相部屋です。バックパッカーなどの貧乏旅行以外では簡易寝台はあまりお勧めできない気がします。さて、寝台列車で眠りにつき、起きたら朝にはベルリンです。
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by yoakenoban_2 | 2015-08-11 01:48 | ドイツ旅行
2015年 08月 10日

ドイツ旅行7 ミュンヘン~ ダッハウ強制収容所

ダッハウ強制収容所(ダッハウきょうせいしゅうようじょ、独語:Konzentrationslager Dachau)は、ドイツ・バイエルン州・ミュンヘンの北西15キロほどのところにある都市ダッハウに存在したナチス・ドイツの強制収容所である。ナチスの強制収容所の中ではオラニエンブルク強制収容所と並んで最も古い強制収容所と言われ、後に創設された多くの強制収容所のモデルとなった。「ダハウ強制収容所」と書かれる事もある。

全部で30以上の国々から20万人が送り込まれ、その内の3分の1近くがユダヤ人であった。32,099人が収容所内で死亡し、他に約1万人が主に疾病、栄養失調、自殺によりダッハウの支所で死亡した。1945年初頭にナチスの撤退後にチフスが流行し、体の弱っていた囚人の多くが死亡した。

ダッハウより大きいアウシュヴィッツ同様、ダッハウは多くの人にとってナチス強制収容所の象徴になっている。ダッハウ強制収容所はイギリス軍やアメリカ合衆国軍に解放された2番目の収容所であったため、多くの人々にとって重要な場所となっている。従って、西側諸国がナチスの蛮行に直に接した最初の場所の一つであった。


以上、Wikipediaより。

強制収容所といえばすぐに思い浮かぶのはアウシュビッツ強制収容所だと思いますが、その他にも強制収容所はそれこそ無数にありました。また、アウシュビッツ(ビルケナウ)を始め、ユダヤ人をガス殺したいわゆる「絶滅収容所」は全てポーランドにあるのですが、ドイツ国内にも通常の強制収容所はたくさんあります。ミュンヘン近郊の街、ダッハウの強制収容所を訪ねました。現在ドイツでは複数の強制収容所がメモリアル施設として見学することが出来ます。ダッハウ強制収容所はわりと日本のガイドブックの片隅にちっちゃく紹介されていたりもしますね。ダッハウはゾーン2のエリアになるので、この日は駅でゾーン2までの一日券を購入。路線図見ればダッハウまでの道のりもすぐに理解できる。ミュンヘン中央駅からSバーンで20分ほどです。

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駅からはバスで強制収容所へ向かう。「KZ」は強制収容所のこと。KZ-Gedenkstatteで強制収容所記念施設とかそんな意味になるらしい。駅にもバス亭にも案内板が出ているのでどのバスに乗るのか迷う事はなかったです。というか、中学生くらいの社会科見学の集団と一緒になったので乗り場所も降り場所も迷う事はなかった笑。


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収容所まではすぐです。これは収容所内の入り口を入ったところ。屋根の上の監視塔は当時の物でしょうか?この入り口に来る前にカフェや本屋も併設されたインフォーメーションがあり、そこでオーディオガイドも借りる事ができます。日本語はないので意味ないんですが、オーディオガイド用のパンフレットが欲しかったので借りました。もしかしたらパンフレットだけでも貰えたのかも?


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アウシュビッツにもある有名な標語。「働けば自由になる」。もちろんそんな事はありませんでした。


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とても広いです。


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かつての囚人のバラック跡。建物の多くは残されていません。


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とても静かでのどかで綺麗です・・・この場所で3万人以上の人々が亡くなったとは思えません・・・。


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慰霊の為の施設と教会です。様々な宗教を信じる囚人の慰霊のために、複数の宗教的な施設が建っています。


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入ってすぐの建物にはダッハウの歴史が展示されています。相当なボリュームで文章を翻訳しながらひとつずつ読んでいたらここだけで一日かかりそうです・・・。


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この場所は確かシャワー室だったと書かれていた気がします。


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拷問に使われた棒のようです。


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これはどうやら死体を運搬するための荷車のようです。


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これは確か説明によるとソ連の戦争捕虜を処刑した場所だったような・・・。おそらく収容所の近くにある場所なのでしょう。


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サッカー大会のトロフィー。収容所で行われたものになるのかな?意外に思うかもしれませんが、収容所でのスポーツ大会や楽器演奏会の話しは色々な話にちょくちょく出てきます。アウシュビッツにも楽器を演奏する楽団があったそうです。


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腕章のDESINFEKTIONは「消毒」という意味でした。消毒係りの帽子でしょうか?


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人体実験の様子を説明したパネルです。収容所では囚人に対する人体実験も行われていました。


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囚人がつけていたマーク。星はユダヤ人、色別に政治犯や通常犯罪者、移民や同性愛者などを表しています。


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奥に進んでいくとクレマトリウム、焼却炉施設がありました。


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こちらも焼却炉。ここで1万人以上が焼かれたそうです。


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これがガス室とされている部屋ですが、ダッハウではガス室は使用されなかったというのが現在の定説です。試作品として作られたのではないかと言われています。


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犠牲者の灰が撒かれた場所でしょうか。


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この壁の前の碑には「PISTOL RANGE」と書かれていました。銃殺場でしょうか。


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囚人用のトイレです。


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人間の骨が組み合わさったような巨大なモニュメント。


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見学するのに午前中ほぼ全て使いきりました・・・。じっくり見てまわるのには一日必要なのではないでしょうか。


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たくさんの人が見学に訪れていました。
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by yoakenoban_2 | 2015-08-10 15:15 | ドイツ旅行
2015年 08月 10日

ドイツ旅行6 ミュンヘン~ ペルラッハ・フォルスト墓地

ペルラッハ・フォルスト墓地、またはペルラッハ森林霊園、ドイツ語ではFriedhof am Perlacher Forst。そう、お墓です。「白いバラ」メンバーのお墓があるとのことで、このペルラッハ・フォルスト墓地へ赴きました。場所はミュンヘン中心部からちょっと郊外で、日本のガイドブックの地図にはまず載っていないような所でしたが、事前にGoogle Mapで場所を調べていました。ネットの情報によるとトラム(路面電車)の17番で終点のSchwanseestraßeが一番近いとのこと。確かにGoogle Mapでも墓地のすぐ側にSchwanseestraßeのトラム停留所が確認できました。この日は午前中にダッハウに行ったので駅でゾーン2までの一日切符を買っていたので、トラムもその切符で自由に乗れます。一日切符があればトラムは切符を買わずにただ乗り降りすればいいだけだし、歩き疲れた時などにもかなり便利なのでお勧めです。事前にトラムの路線図をダウンロードしていたのが役立ちました。しかし、この墓地に行くときは若干問題が発生しました。トラム17番の終点、ということだったので、17番乗り場がある停留所に行ったのですが、電光掲示板は消えており、何やらドイツ語で表示がされています。iPhoneの翻訳アプリで表示を翻訳するとなんと「廃止」の意味・・・。ダウンロードした路線図にはちゃんと記載してあるのに・・・。その停留所だけが廃止なのかもしれないと歩いて隣の停留所まで行きますが、やはり「廃止」表示。これは17番線自体が廃止なのでは・・・との疑念が沸く。そうなると17番線の終点であるSchwanseestraßeの停留所も廃止になっている可能性がある。そう考え、Google Mapで一番最寄の電車の駅を確認し、UバーンのMangfallplatz駅から歩いて行く事にしました。結果としてはこれが失敗だったわけで・・・。

まず結論を述べると、墓地のすぐ側のトラムのSchwanseestraßeは廃止されずにちゃんとありました。ペルラッハ・フォルスト墓地へはUバーンでGiesingという駅まで行き、同じ場所にあるトラムの35番でSchwanseestraßeまですぐです。ペルラッハ・フォルスト墓地の電車の最寄はこのGiesingか自分が降りたMangfallplatzになるんですが、どちらも歩いて向かうとかなりの距離があります。ただしGiesingからはトラムが出ていますが、Mangfallplatzからは出ていないので歩くしかありません・・・。トラムの停留所で最新の路線図か、Google Mapをじっくり見ていれば最短ルートに気づいたかもしれませんが、単純に一番近い電車の駅で降りよう、としたためにかなりの距離を歩く羽目になりました。あといまGoogle Mapを見るとMangfallplatzで降りたとしてもバスがあるようなので、バスを使えばよかったのかもしれませんが、バスについては全く下調べをしていなかったのでその時点では判断できませんでした。バスなんて東京でもロクに乗ってないしな・・・。臨機応変な対応が出来なかった事が悔やまれます。

さて。Mangfallplatz駅から延々と歩いてペルラッハ・フォルスト墓地へ向かうのですが、この辺は全く観光地ではないのでアジア人なんか一人も歩いていません。道で遊んでいる子供にもなんか見られます・・・。なんだか天気も悪く小雨も時折パラついてくる。ドイツの夏は基本的には暑いんだけど、結構気温が下がることも多く、天気の悪い夜間なんかはわりと冷えたりもします。

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ようやく到着しました。入り口に著名人の墓がどこにあるのかの案内が貼られています。 ここで白バラのお墓の位置を確認。墓地はかなり広いのでちゃんと場所を確認しないと見つけるのは無理だと思います。


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雰囲気ありますね。


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ありました。ハンス・ショル、ゾフィー・ショル、クリストフ・プロープストのお墓です。


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白バラがありますね。両親のお墓も一緒の場所だそうです。



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すぐ近くにアレクサンダー・シュモレルのお墓もありました。こちらは誰かが訪れたなかりらしく、新しい白バラがさされロウソクもまだ燃えていました。


彼らはキリスト教徒ですが、とりあえず手を合わせておきました・・・。


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ロウソクの自動販売機。


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リスがいました。
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by yoakenoban_2 | 2015-08-10 03:19 | ドイツ旅行
2015年 08月 08日

ドイツ旅行5 ミュンヘン~ ミュンヘン大学-白いバラ

白いバラ(Die Weiße Rose)は第二次世界大戦中のドイツにおいて行われた非暴力主義の反ナチ運動。ミュンヘンの大学生であったメンバーは1942年から1943年にかけて6種類のビラを作成した。その後グループはゲシュタポにより逮捕され、首謀者とされるハンス・ショルほか5名がギロチンで処刑されたため、7種類目の印刷がおこなわれることはなかった。彼らの活動を描いた映画が戦後何度かドイツで作られ、反ナチ抵抗運動として、国際的に知られている。日本では白バラあるいは白バラ抵抗運動などとも呼ばれる。

以上、Wikipediaより。

白バラのメンバーであったハンス・ショルとゾフィー・ショルの兄妹はミュンヘン大学(正式名称:ルートヴィヒ・マクシミリアン大学)の校内でビラを撒いたところをゲシュタポに逮捕されます。仲間のクリストフ・プロープストも逮捕され、数日後の裁判で死刑となり、その日のうちに3人は処刑されました。その後同じく白いバラに参加していたヴィリー・グラーフ、アレクサンダー・シュモレル、クルト・フーバー教授らも逮捕され、全員処刑されました。そんな白バラのショル兄妹がビラを撒いたミュンヘン大学を訪れました。Uバーンに大学駅がありますし、マリエン広場から歩いても十分に近いです。

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隣接する広場はそれぞれ「フーバー教授広場」、「ショル兄妹広場」と名付けられています。


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大学構内です。一般人でも気軽に入れます。


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白バラに関するモニュメントがあります。


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ゾフィー・ショルの像です。小学生の見学?の団体が来ていましたが、一人の女の子が熱心に白バラに関する像などを写真に収めていました。


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吹き抜けの3階の時計下からビラを撒いたと言われています。


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ゾフィーがビラを撒いた3階より。


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白バラに関する小さな展示室が常設されています。入場は無料です。


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かつてミュンヘンに存在したナチス関連の施設。


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白バラのメンバー。フーバー教授以外は20代前半の若さで処刑されました。ゾフィー・ショルは21歳でした。


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外の広場にはビラをモチーフにしたモニュメントが地面に埋め込まれています。


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白いバラは狂気の世界に咲いたわずかな人間の良心でした。
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by yoakenoban_2 | 2015-08-08 16:00 | ドイツ旅行
2015年 08月 07日

ドイツ旅行4 ミュンヘン~ 国家社会主義資料センター

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初期のナチス党本部「褐色館」の跡地は長らく空き地だったそうですが、2015年から「国家社会主義資料センター(NS-Dokumentationszentrum)」がオープンしました。オープンしたばかりなのでガイドブックやネットにもほとんど情報がありませんでしたが、ミュンヘン版「テロのトポグラフィー」(ベルリンにある資料センター)とも言える、ナチスの歴史と犯罪を伝える資料センターでした。


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展示は「戦後」から始まり、階を上がるにつれて年代が古くなっていきます。戦後の展示では追悼式典や記念行事の様子などが展示されています。ネオナチの事や、極右の青年がオクトーバーフェストで起こしたテロ事件なんかも紹介されていました。また、実際にナチスの時代を生きた人々によるイラストなども展示されており、美術館のような雰囲気もありました。


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展示されている出来事はやはりミュンヘンにまつわる事が中心となっています。あまり見たことの無い写真もたくさんありました。これはミュンヘンの兵士と警察による戦争犯罪。射殺されているのは全員女性です。


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ナチス政権になり報道の自由は奪われていきます。SA(突撃隊)によるミュンヘン新聞社の破壊。


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ゲオルグ・エルザーです。ミュンヘンのビアホールで爆弾によるヒトラー暗殺を試みますが失敗、強制収容所送りとなりました。


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ヒムラーとゲーリングです。このようなイラストや絵もたくさん展示されていました。惜しむらくはあまり写真を撮らなかったこと・・・このイラストの作者名もわかりません・・・。どなたかご存知でしたら教えてください。
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by yoakenoban_2 | 2015-08-07 00:39 | ドイツ旅行
2015年 08月 06日

ドイツ旅行3 ミュンヘン ~第三帝国の遺跡②

■ケーニッヒ広場

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ナチス時代のケーニッヒ広場。この広場にはナチス党の建物が集まっていました。手前のローマ・ギリシア風の門の奥に左右対称に、小さな神殿と大きな建物が並んでいます。小さな神殿はミュンヘン一揆の死者のお墓を納めた「栄誉神殿」、隣の建物は向かって左側が総統官邸、右側がナチス党本部です。ナチスはミュンヘン一揆で死亡した党員を殉職者としてこの神殿に奉り上げました。また、向かって左側の栄誉神殿の奥にある小さな家のような建物は初期のナチス党本部「褐色館」です。


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ケーニッヒ広場の門。


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栄誉神殿跡。戦後に連合軍に爆破され、栄誉神殿は土台しか残っていません。現在は空き地になっていて草木が伸び放題です。また、栄誉神殿については面白いコラムがありました。→ミュンヘン・路傍の石に秘められた暴虐の歴史


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道路を挟んで栄誉神殿跡の空き地の奥に見えるのが総統官邸。


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総統官邸正面。ミュンヘン会談はこの場所で行われました。入り口の上にやはり鷲の紋章が取り外された形跡があります。現在は音楽や映画関係の施設になっています。
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by yoakenoban_2 | 2015-08-06 23:07 | ドイツ旅行
2015年 08月 06日

ドイツ旅行2 ミュンヘン~ 第三帝国の遺跡①

ドイツ二日目。ミュンヘンはナチス党発祥の地であります。教会に登ったり、レジデンツという宝物殿?を見学したりなど、普通の観光もしながら、第三帝国の遺跡をまわってきました。この日は遠くに行く予定はないので、電車はゾーン1のみの1日券を購入。ミュンヘン中央駅の券売機はなんと日本語表示が出来るものもあり、楽に買えました。

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マリエン広場。上の写真はミュンヘン一揆の時に広場に到着したナチス党員。


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ユリウス・シュトライヒャーとナチ党の行進。


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ユリウス・シュトライヒャーとナチ党の行進。シュトライヒャーは戦後にニュルンベルク裁判で死刑になりました。


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オデオン広場。ここはミュンヘン一揆でナチス党員と警官隊が銃撃戦となり双方に死者が出た場所です。ミュンヘン一揆はここで鎮圧され、ヒトラーは一時逮捕されました。


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オデオン広場の将軍廊の横に設置されたミュンヘン一揆犠牲者のためのモニュメント。市民はこのモニュメント横を通るときはナチ式敬礼を強要されました。


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ハウス・デア・クンスト(芸術の家)と呼ばれる美術館でこの建物はナチスの時代に建てられました。


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入り口の上の鷲の紋章が外されているのがわかります。
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by yoakenoban_2 | 2015-08-06 00:18 | ドイツ旅行
2015年 08月 03日

ドイツ旅行1 ミュンヘン~ ホーフブロイハウス

7月27日~8月1日まで約1週間、ドイツへ旅行に行ってきたので記録を残しておく。そもそもなぜドイツか?ヨーロッパならイタリアとかフランスとかスペインとかなんじゃないの?という話しだが(適当)、そもそも自分は最初はタイとかベトナムとかフィリピンとか、日本と環境がガラっと変わりそうなところ(適当)に行きたかったのだが、同行者がタイとベトナムには行ったことがあるしもう少し清潔そうな国がいい!と言い出しまして・・・。アメリカかオーストラリアがいい、と言うのだが、アメリカは何をすればいいのか思い浮かばず、オーストラリアはいまひとつ興味が沸かなかった・・・。そこで次にベタな観光地(適当)といったらヨーロッパやろ、ということで、ヨーロッパなら二人とも行った事がなく、どこでもいいとうので、まぁ初心者に東欧は難しい(イメージ)ということで・・・私の独断と偏見でドイツに行くことになりました。そう、パンクスなら、NAZI PUNKS FUCK OFFであり、FUCK NAZI SYMPATHYである。これまで何十枚もの、NAZIの事を歌ったレコードや鉤十字をぶっ壊すマークが描かれたレコードを見てきた筈。それではそのNAZI発祥の国とは・・・?如何なるものなのか。ということまでは考えませんでしたが(笑)、今まで見聞きして来たドイツの歴史を体感したいこともあり、ドイツという国を選ぶ事となりました。

羽田~ミュンヘン

ドイツへ日本から直行便があるのはフランクフルトかミュンヘンになります。首都であるベルリンには直行便がないのが意外でした。今回はフランクフルトには用はないので、一路ミュンヘンを目指し出発。お昼頃に日本を出発し11時間ほどのフライト。ルフトハンザ航空とのことでしたが機体はANAでCAも日本人です。特に問題ありません。とりあえず11時間は長いですが仕方ないので映画を観まくってました・・・。アナと雪の女王とかティンカーベルとか普段なら絶対見ないであろう映画も観た(笑)。そうこうしているうちにミュンヘンに到着です。入国審査でも「仕事か?休暇か?」くらいの事しか聞かれず、とりあえず順調です・・・。時差は夏は7時間でドイツのほうが遅れているので、ミュンヘンに到着してもまだ夕方の18時前です。空港から電車でミュンヘン市内へ向かいます。

さて。

ドイツの電車は大雑把に言うと片道券と一日券があり、この切符は電車だけでなくバスやトラム(路面電車)も共通して使用できるので、一日券を買えば全ての公共交通機関が一日中乗り放題。これは観光客にとっては大変便利。この日はホテルへ行くだけなので、空港からミュンヘン中央駅までの片道切符を購入します。片道や一日券でも何種類かあり、販売機がドイツ語表記だと正直わけが分からないのだが、英語表記もできるのでなんとか買う事ができました。この時の券売機は行き先の駅名を選択する感じでした。ドイツは各市内に中央駅があるんですが、駅名が全て中央駅を意味する「Hauptbahnhof」になります。今日のホテルはミュンヘンのHauptbahnhof近くなので、そこまでの片道券を購入。そして駅には打刻機というものがあり、切符を買ったらこの打刻機で時間と駅名を忘れずに打刻する!と、どのガイドブックにも書いてあるんですが、買った切符はどう考えても打刻機に入らない大きさ。どうも近年は打刻が必要ない切符も増えているらしく、このとき買った切符には時間や駅名が印刷されているので、打刻は必要ありません。これは事前にドイツへ行った人のブログを拝見しており、ミュンヘンでは打刻の必要が無い切符も存在する事を知っていたからすんなり判断できましたが、それを知らなければもっと迷っていたかも。

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片道切符はこんな感じ。「Munchen Flughafen」は乗り場所であるミュンヘン空港の意味。日付と時間も記載してあります。片道券はこの時間から確か2時間有効とかだったと思います。Einzelfahrtが片道券のことで、「ab 4 zonen」は4ゾーン離れた場所まで有効であることを示しています。ドイツの切符は日本のようにXX駅から△△駅までの切符、という形ではなく、ミュンヘンの場合は中央駅から円形に1~4ゾーンとゾーン毎に分かれており、切符はそのゾーン内であればどの駅でも有効です。だから乗り越えが必要でも新たに切符を買う必要もありません。ミュンヘン空港はゾーン4に位置するので、「ab 4 zonen」であれば1、2、3、4どのゾーンの駅でも使えます。文字だけだと分かりにくいですが、駅にある路線図を見るとどの駅がどのゾーンにあるかはすぐに分かります。ドイツには改札はないので、切符を買って打刻するか、打刻が必要のない切符であれば買うだけでOKです。電車は近郊電車のSバーンと地下鉄のUバーンがあり、切符が共通なので特に違いはないと思います。最初に仕組みを理解し慣れてしまえば、電車の乗り方で迷う事はありませんでしたね。ただドイツの電車のホームは日本のように隣の駅の名前が書いておらず、電光掲示板も終点となる駅名が書いてあるので、どの方向の電車に乗るのか都度路線図を見て終点の駅がどの方向かを確認する必要がありました。ガイドブックにも路線図は載ってるし、鉄道会社のサイトから駅に掲示してある路線図と同じものがダウンロードできるので、行き先の駅が路線図のどこになるのかは事前にある程度頭に入れておいたほうがいいと思います。そして改札がないので切符の検査もされない、ある意味タダ乗りし放題なんですが、稀に私服の検査官が切符のチェックを行いに来ます。この時に切符を持っていなかったり、打刻すべき切符で打刻されていなかったりすると、40ユーロの罰金が取られます。大体1ユーロ130円~140円くらいなので40ユーロは結構な額です。ドイツに滞在中、一度だけこの検査官のチェックを受けました。さて、なぜこんな電車の事を詳しく書くかというと、自分も旅行前に幾つかドイツ旅行の個人ブログを周り、そこで色々ガイドブックだけではわからない事を学んだので、いつかドイツ旅行に行く人がこのブログにたどり着いたときに、少しでも参考になればと思い記しておきます笑。

そんなこんなで空港から数十分でミュンヘンの中央駅へ到着。ホテルは駅から徒歩5分で日本のガイドブックの地図にも記載があったくらいなので、それなりに日本人によく使われるホテルなのでしょう。事実、朝食のときは何組かの泊まっている日本人を見かけました。ホテルの周り、というか駅を出てすぐの地区なのですが、割と猥雑な感じでアダルトショップやカジノも見かけました。恐らくはトルコからの移民が多く商売をする地域なのか、ケバブのお店やカフェではシーシャを吸う人なども多く見かけました。とりあえずホテルへチェックイン。ホテルは英語も通じるので安心です(私は英語も話せませんが)。まだ19時とかそれくらいなので、街をぶらつきに行きます。とりあえず観光の中心地であるマリエンプラッツという広場へ。ホテルから歩いていける距離です。海外で使用できるWifiルータを契約していたので、iPhoneでGoogle Mapを見れば特に迷うこともありません。今回はWifiルータとiPhoneのバッテリーを持ち歩き、どこでもGoogle Mapを見れる体制を作っていたので、道に迷うこともありませんでした。


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マリエンプラッツにある新市庁舎です。見た目のインパクトはこの建物が一番かと。たぶん20時ごろだと思うんですが、夏のドイツは22時くらいまで明るいです。こんな感じで初めてのヨーロッパに感動しつつも、本日目指す場所は「ホーフブロイハウス」という世界一?有名なビアホール。ガイドブックにはいついっても観光客と地元住民で大盛況、と書いてあります。マリエンプラッツからすぐの場所にあります。


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ホーフブロイハウスはほんとに大盛況で人でごった返しておりました。ここは勝手に入って勝手に空いてる席に座るスタイルで相席が通常なのですが、それでも空いてる場所がなかなか見つからずしばらく中を歩き回りました。ようやく空いてる席を見つけ座ったのですが、厨房から料理が出てくる場所の隣で、厨房の中が見えるのですが、料理がベルトコンベアーの上を流れていました笑。このビアホールは全部で3000席あるそうで、それがこれだけお客さんで埋まってたら料理もシステマチックにならざるを得ないですね。さすがに観光客も多いので英語のメニューもあります。ビールと、ソーセージに肉料理を一皿ずつ注文しました。


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ここのビールはオリジナルで醸造したものでデフォルトの量が1リットル!一応500mlもありますがみんな1リットル頼んでましたね笑。わたし、ビールの味はあまり分からない人なんですが、まあおいしかったと思います。量が多いので飲み終わるまでぬるくなっていきますが、ぬるくてもおいしいビールでしたね。というか最初からそんなに冷えてもいなかったような・・・・?ビールはすぐ来ましたが料理は20分ほど待たされました。まぁこれだけお客さんがいては・・・料理は普通でしたね笑。まずくもなく、うまくもなく、と。ドイツ一日目はホーフブロイハウスで1リットルのビール飲んで過ぎていきました。
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by yoakenoban_2 | 2015-08-03 17:27 | ドイツ旅行