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2011年 03月 21日

IRON LUNG Japan Tour

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最高の夜でした。まだまだがんばれる!
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by yoakenoban_2 | 2011-03-21 12:51
2011年 03月 20日

地震

大震災から9日。徐々に落ち着くどころか、日に日に明らかになっていく被害の凄まじさ、まだまだ予断を許さない原発の状況などに、大した被害もなかった自分も心がザワザワする日々でした。痛ましい報道ばかりで悲しく、次第に気が滅入ってました。

名取市の一部や、石巻、気仙沼など、宮城県民には馴染み深い街の海沿い部分は壊滅状態。幸いにも、近しい人に人的被害はなかったが、友人の両親は家を失い、別の友人は津波がもう少しで届きそうだったと言っていた。こんな時だからこそ被害のなかった人たちは普通の日常を過ごそうとよく言われるが、なんだか自分はしばらく空虚なままだった。でも被災者の人に比べたらそんなこと言ってられねえな。募金ぐらいしかできない自分の無力さを感じつつも、それでもいつもの日常を生きていくしかない。でも震災前と震災後で、自分もこの国も、何かかが変わった・変わっていくんだろうなと思う。

地震の日は普通に仕事中で、かなりの長い揺れに職場は騒然。しばらくして近くの公園に非難してくださいのアナウンスが流れ始める。しかし24時間稼動してる自分がいるフロアの人間は誰も非難できず・・・。しかしこうなると、海が近い場所じゃ外に非難するのは逆に危ない場合もあるんじゃないだろうか?と思ってしまうが・・・。どうなんだろ。職場でつけたテレビで、どうやら東北地方を強い地震が襲ったらしいことを知る。そのとき既に津波の映像が流れてて、おいおい、大丈夫か?と思った。この日は途中から帰れる人には帰宅命令が出たけど、電車が全線止まってるってことで、みんなどうしよう?って感じだった。

外に出ると朝の通勤時以上に人が溢れてて、中にはヘルメットかぶってる人もチラホラ。すぐに仙台の実家に電話するも何度かけても当然繋がらず。両親に安否確認のメールを送る。彼女に電話しても一向に繋がらないので、きっと電車が止まって帰れないだろうから、とりあえず彼女の働く隣の駅にゾロゾロとした人波に乗って歩いて向かう。ちょうど隣駅についた交差点で、自分の名を呼ぶ声が。なんと奇跡的に職場の人たちと歩いてた彼女とすれ違って発見された。けっきょくずっと電話が通じなかったから、ここで気づかれなきゃ合流できないところだった。

その後はもう仕方ないので、途中でご飯など食べつつも、東陽町~日本橋~九段下~新宿と、ほとんど東京を横断する形で、将門の首塚や皇居のお堀や靖国神社や九段会館などを超えてひたすら歩く歩く。中野坂上まで来たところで丸の内線が動き出してて、ようやくそこから電車に乗って新高円寺までたどり着いた。5時間くらい歩いて家についたらもう深夜0時だった。途中、母親から停電だけどみんな無事ですとのメールが届いて一安心。でも新宿についたとき、ヤマダ電機の大型スクリーンで、若林区で数百人の遺体が発見というニュースをやっていて、ええ、マジかよ!と徐々に事の重大さを認識していった。

それからはごちゃごちゃになった部屋の片付けや、食料買占め騒ぎや計画停電騒ぎなどなどで、とても他の何かをやる気にもなれず、一週間くらいは仕事以外はほとんど部屋で過ごしていた。被災者の人たちにはだまだ辛く苦しい生活が続いている。被災者のために、できることをやりながら、我々はまた一生懸命日常を生きていくだけ。

何があっても自分自身には誠実でいられるよう、自分を裏切らないで生きていきましょう。
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by yoakenoban_2 | 2011-03-20 12:29