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2011年 07月 21日

被災地へ。

Twitterばかりで全然更新してませんでしたが、先週末の3連休を利用して津波の被災地へ行ってきたので覚書として久しぶりに更新。ずっとボランティアに行きたいとは思ってて、あとはやはりこの目で被災地を見たいとも思ってて、でも5月のゴールデンウィークはボランティアが過剰になるとか渋滞して復興の邪魔になるとか色々そういう話もあったので止めておいて(実際はまだまだボランティアが足りないなんて話しもあった)、その後はまとまった休みがなかったのでようやく先週の3連休で行くことが出来た。

今回、ボランティアに行くという話しを友人としていて、その中で被災地で夏物の衣料が不足しているという話になり、じゃぁみんなでお金を出し合ってTシャツを届けようという事になった。さっそく新品のTシャツを100枚業者に注文して、当初は少人数での話しだったけど、Twitterで友人知人にカンパを募集したら、多くの人からカンパして貰って無理のない金額でTシャツを購入することが出来ました。本当に感謝。

物資の届け先については、各被災地に積極的な支援を行なっているSLANGのKOさんに問い合わせて、各所で物資を集めて配っている方のお宅を紹介して頂きました。人脈をフルに活かしたKOさんの支援活動は行政の行き届かない所に個人だからこそ出来る支援を行なっていて本当に凄い。

金曜の夜に仙台入りし、土曜の早朝に地元の友達と東京から夜行バスで来て早朝に仙台についた2人を拾って、合計4人で大きく報道された被災地のひとつ、宮城県の南三陸町に向けて出発。南三陸町は人口約18000人の小さな町で、死者・行方不明者1200人という大きな被害が出た場所。

仙台から車で約2時間半ほど走り、高速のICを降りるとすぐに南三陸町。沿岸部が近づくにつれ、瓦礫や潰れた車、流されてきた船などが目立ち始め、いよいよ被災地に入った実感が沸きます。

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震災から四ヶ月がたって、福島の原発周辺以外はなんとなく復興に向けて進んでる気になっていたけど、いや、進んではいるんだろうけど、あまりにも気軽にそんなことは言えない状態で、テレビや写真で何度も見た筈の光景は、テレビ越しよりも遥かに大きな衝撃を持って自分の目に飛び込んできた。

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この光景が何に見えるかって、よく言われることだけど、本当に空襲を受けて焼け野原になった街のようだった。地元の友人曰くこれでも瓦礫はだいぶ片付いたと言ってたけど、自分の目に映るのは瓦礫ばかり。友人は魚竜館がめちゃくちゃになっていたことにショックを受けていた。

南三陸町の仮町舎と隣接するボランティアセンターで2人を降ろして、自分ともう一人はTシャツを届けに届け先の個人宅に。そこで聴いたお話。津波で家が流されず残った人は例え職場が流されていても町からの支援は現在は一切無し。町に届けられた救援物資も義捐金も貰えない。そんな人たちにはこういった個人からの支援が頼りだとか。行政を当てにできないので、個人から支援物資を届けてもらい、その地区の人たちで分け合っているとのこと。無事物資を届け終え、再びボランティアセンターへ。ボランティアセンターの周辺には全国各地からボランティアに来ている人たちがテントを張っていた。隣にある体育館のような大きな建物は、震災直後は避難所兼遺体安置所として使われていたということ・・・。午後までボランティアをして、本日のミッション終了。
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ボランティアセンター。
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瓦礫撤去などのほかに、中では流された写真の洗浄なども行なっている。
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近くにあるローソン。物はだいぶ充実していた。

ボランティアの帰り、大きな被害を受けた石巻市にも立ち寄った。やはり、唖然とする光景が広がっていた。よく、被災地を見た人、また被災者自身も、実際に被災地を自分の目で見たほうがいい、と話すのを目にする。やはり自分もそう感じた。一体この国で何が起こったのか、どんなことになったのか、この日みた光景は一生忘れないと思う。もちろん観光気分だけで来られちゃ被災者も迷惑だろうけど、見れる人は、見に行ったほうがいいと思います。その時に、一緒にボランティアをやったり物資を届けたりすれば、尚いいんじゃないかな。

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石巻市内。まだ信号が復旧していないので警察官が交通整理をしている。
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建物が残っていても一階部分は破壊されている。
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未だ壊れたままの橋。
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被害の大きな地域に入る。
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この小学校は津波に襲われた後、流れついた重油から火がつき火災も発生した。

本当にひどい有様で、岩手県から福島県まで、沿岸部はずーっとこんな状態が続いているかと思うと、改めて被害の大きさに寒気がする思いだった。その日は仙台の実家に帰り、翌日は東松島市へ。東松島市では日曜ということもあり多くのボランティアの方が活動していました。自分も泥だし作業に参加。炎天下の中、個人宅の庭の泥だし作業。一見普通に見える町並みも、よく見るとガードレールやフェンスは曲がっており泥だらけの家財道具を外に出している家が何件も。電車もつい先日復旧したばかりだとか。

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冠水し、動かなくなった東松島市の信号。


今回、たった2日間だけだけど、被災地をこの目で見て、そして本当に自己満足にも達しないレベルだけど微力ながら何がしかの援助ができた経験は、自分にとっては良かったと思う。震災から4ヶ月が過ぎ、まだこれだけの復旧?もうここまでの復旧?わからないけど、確実にまだまだ支援は必要だということ。ボランティア需要も徐々に減りつつあるという話だけど、とにかく瓦礫の撤去がまだまだ進んでいないように見える。そういった場所は、瓦礫を撤去してから、またボランティアの力が必要になってくるんじゃなかろうか。いったい自分に何ができるのか?小銭を募金するくらいしかできないかもしれないけど、色々考えることはありそうです。
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by yoakenoban_2 | 2011-07-21 23:39